タイトル画像

スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

げんごろう式



スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]
タイトル画像

体験を通して帰納的に学習する。

2009.08.01(21:03) 515

小学校英語活動指導者養成研修で聴いた、
「体験を通して帰納的に学習する」
という言葉をずっと考えている。


「帰納」の反対語は? 「あした」じゃないよ。「演繹」だよ。これ、昔、どっちが帰納でどっちが演繹だかよく迷ったなあ。
今は何のことだか分かるけど、もう一度ネットで調べてみた。

すると、こんな一文に出会った。高木貞治「近世数学史談」より


Gauß(ガウス) が進んだ道は即ち数学の進む道である。その道は帰納的である。特殊から一般へ ! それが標語である。それは凡(すべ)ての実質的なる学問に於いて必要なる条件であらねばならない。数学が演繹的であるというが, それは既成数学の修行にのみ通用するのである。自然科学に於いても一つの学説が出来てしまえば, その学説に基づいて演繹をする。しかし論理は当たり前なのだから, 演繹のみから新しいものは何も出てこないのが当たり前であろう。もしも学問が演繹のみに頼るならば, その学問は小さな環の上を周期的に廻転する外はないであろう。我々は空虚なる一般論にとらわれないで, 帰納の一途に邁進すべきではあるまいか。

                           
こんな難しい本を読んだわけではなく、ネット上で見つけたこの一文のつまみ食いな訳だが、

なるほど、これは学問に限らず、生きる力を育てる上で、必要な条件なのではないか?
生涯を見渡して、人生を楽しむという視点で、必要な条件なのではないか?

どんぐり倶楽部で言われる、体験的学習と知的系統的学習について、

体験的学習=体験を通して帰納的に学ぶ
知的系統的学習=演繹的に教える

と考えると、いっそうよく理解できる。

げんごろう式



<<セミ | ホームへ | 合宿>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gengorough.blog36.fc2.com/tb.php/515-92872af8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。